決意、子どもは私が守る

夫の懺悔ですべてを知り、夫と親友から同時に裏切られ、私が今まで毎日積み上げてきたものは一体何だったのだろうかと分からなくなりました。『人がいいのも馬鹿のうちって、これじゃそのまんまわたしのことだわ。何て馬鹿なんだろう』自分を卑下する気持ちと、大切なものが壊れた悲しみ、きっと一生かかっても許すことができないほどの憎しみ・・

自分の中では、もう離婚する他ないと思いましたが、子供たちのことを思うとためらう私がいました。

小学生という幼さで、親の身勝手な都合で父親のいない子にしてしまう。大好きなパパともう二度と一緒に暮らせなくなってしまう。そうさせた夫が許せないのと、子どもに離婚理由なんて説明できないなぁ・・いろんな思いが堂々巡りし、一か月ほど葛藤してた私にAさんから突然連絡がきました。話したくなかったけど妙な意地があり、普段と変わらないつもりで対応しました。

Aさんは精神的に少し落ち着いてきたこと、職場に復帰すること、そして夫とのその後を聞きたいようでした。

「旦那さんとどうするの?離婚した方がいいんじゃない?先に言っとくけど私は被害者だからね。うちの旦那にもこの話したから。うちの旦那に変な風に言っても意味ないから」

『え?被害者?変な風って・・どういうこと?』抑えていた怒りが込みあげました。

ダメだ、ここで文句を言ってしまえば、余計自分がみじめになる。人の夫と浮気するような女と同じ土俵には絶対上がらない。そう思って耐えました。冷静に見えるように振る舞うことが、ズタズタに傷ついた私の唯一のプライドだったのかも知れません。

Aさんに、ご主人と直接話をさせて欲しいと言うと出張だから無理と断わられましたが、その夜、ダメ元でAさん宅へ行くと、ご主人の車が駐車場にありました。Aさんのご主人は在宅で、二人で話をすることができました。

まず、ご主人に謝罪しました。Aさんにムカつきながらもご主人には『夫が大切な奥さまに大変なことをしてしまい申し訳ありませんでした』と頭を下げました。この謝罪は、わたしの夫のためではなく、全部子供たちのためでした。近所や小学校に変な噂を流されたくなくて、私だけは筋を通そうと思ったのです。

そして、子供はどうか今まで通り遊ばせてやってくださいとお願いしました。

Aさんのご主人は「妻が入院中、お世話になったと聞いてます、お礼が遅くなってすみません。ありがとうございました。子供たちはこれから中学校も一緒ですね、こちらこそよろしくお願いします。今回のことは妻も精神的に不安定でしたし、僕も仕事で傍にいてあげれなかったと反省しています。お互いに忘れましょう」と、言ってくれました。

少し気持ちが楽になったのと同時に『中学にあがってからもAさんの存在を感じるのは嫌だ』と思い、離婚と同時に引っ越しを決意しました。

どっちが誘ったとか誘われたとか、どっちかが嘘をついてるだとか、疲れきった私には、そんなことはもうどうでもいい話になっていました。全てを終わらせたい気持ちがより固くなっていたのです。

『仕事は辞めて引っ越そう、どこがいいかな』少し前まであった夫と別れるかどうかといった葛藤が消え、片親になっても私が子供たちを守りきると決意しました。

別れたくないと言う身勝手な夫に、子供たちの行き来は自由との条件で納得させ離婚しました。私は子供たちを連れて引っ越しました。

あれから数年がたち、子どもたちは元気にすくすく成長しています。時々父親と遊びにも行っているようです。

たまに元夫から復縁の話が来ますが当然お断りです。

その後、知り合いからAさん家族も離婚したと聞きました。離婚理由はAさんの浮気で、浮気相手の子供を妊娠し、Aさん夫婦の子として出産。血液型で不審に思ったAさんのご主人に調べられてバレたそうです。一瞬、元夫の子?と思いましたが違ったようでした。

Aさんのご主人と子供さん、生まれた子も可哀そうだなと思いながらも、Aさんに対しての、どす黒い気持ちがスッキリ晴れ渡ったことは内緒です。

ピエロにさせられた

入院も1か月を少し過ぎたある日、Aさんにいつも通り洗濯物を届けにいきました。Aさんは数日前から情緒不安定になっており、安定剤を処方されていました。

Aさんが突然話し出しました「あなたの旦那さん、あなたより私の方がいいみたいよ。ううん、私の方がいいって」と言ってきたのです。私は何の話をAさんが言ってるのか全く理解できませんでした。

Aさんは「夜になるとここに来て、私を抱きしめてキスしてるよ。そんな人と夫婦でいいの?」・・はっきり覚えてませんが、そんなことを言っていました。

私は酷く動揺し、Aさんに何て言ったのかはっきり覚えてません。その場ははぐらかし、夫の病室に向かいました。夫はいつも通り私に話しかけてきます。

その間、何て切り出そうか言葉を探していました。頭と心がぐしゃぐしゃで、いろんな気持ちがごちゃまぜで言葉が見つかりません。こういうことは勢いで言っちゃダメだ、確認してからでないと・・と、自分を必死に抑えました。

そして、やっと見つけた言葉が『Aさんて情緒不安定になってるんだってね』でした。夫は「Aさんから聞いたの?そうなんだよ、夜になったら泣き叫んでここまで声が聞こえてた」と言っていました。

自宅に帰ってから頭の中を整理しようといろいろ考えました。

もしかしたら夫は情緒不安定のAさんを慰めようとして、たまたまそうなっただけかもしれない。いや、全てAさんの虚言かもしれない。でもなんで私にそんなこと言ったの?・・言葉にできない気持ちと、夫に対しての不信感で心が押しつぶされそうでした。私と子供の将来についての不安にも駆られ、ふと気づくと次のサイトを眺めていることもありました。

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でも、この話の確認は、夫が退院してからにしようと思いました。それまでは意地でも今まで通りにしてやると。私にはバラバラになった気持ちをまとめる時間が必要でした。今思うと少しは冷静な部分もあったのかもしれません。

翌日からも、夫にもAさんにも何もなかったように洗濯物を届け、なるべく普通にしました。多分、強烈な女の意地というか、自分のプライドを守りたかったのだと思います。

しかし、夫の態度が少しおかしくなってるのに気づきました。きっとAさんが、わたしに話したことを言ったのだと思いました。夫から何か話してきたら確認しようと思っているうちに、夫の退院が決まりました。

Aさんも夫の退院から二日後の退院が決まりました。それなら洗濯物はもういいかな?とAさんに言って、わたしの病院通いも夫の退院と同時に終わらせました。

夫が家に戻ると、子供たちが大はしゃぎでパパにひっついています。『私は今から何をしようとしてるのかな。この子たちから大好きなパパを奪うことになるかもしれないのに。酷い母親だ。私がピエロでそれで丸く納まるならそれはそれでいいじゃないか』とも思いました。

でも、どうしても夫の口から、そんなことはしていない、Aさんの虚言だと言ってほしかったのです。

数日言うのをためらってました。本当のことを聞くのがとても不安で仕方なかったのです。しかし意を決して、やっと夫に言いました。『Aさんの病室に夜な夜な通ってた?私、Aさんから多分、全部聞いたと思うよ』

その瞬間の夫の表情ですべてわかりました。ああ、本当だったんだなと。悲しみより猛烈な怒りがこみ上げてきました。『わたしバカよね、バカ嫁を二人で笑ってた?面白かった?私よりAさんの方がいいのよね?』次々に自分の口から出てくる罵声。夫は「ごめん。寂しかったんだと思う、俺もAさんも」と必死な様子で言ってきました。

『寂しかった?私毎日行ってたよね?』

「だからごめん!」

『もっと詳しく全部言いなさい。Aさんの話と少しでも食い違ってたら許さないから!』

本当のことが知りたいと言ったはずが、夫の懺悔は私を余計に傷つけました。キスどころの話ではありませんでした。Aさんが入院してすぐの頃から二人はそういう関係になってたことを知りました。しかも夫は前々からAさんに恋心を持ってたことも。入院中の不倫という、毎夜繰り返された罪深き逢瀬は、とてもとても甘いものだったようです。退院してからも二人は関係を続ける気で、デートの約束までしていたそうです。

我が家でAさんと子供を招いての食事会の帰りの見送りも、どんな気持ちで行ってたのかと夫に問いただすと「子供もいるし何もしてない。三人で手を繋いでたことはあるけど、子供も一緒にいるから何もしてない」との返事でした。夫の嬉しそうな、鼻の下を伸ばしている顔が浮かんできて、私は体が震えるほどの怒りが湧き上がっていました。

こうなる切っ掛けとなった最初の夜は、Aさんが病室に入ってきて、寂しいから抱きしめて、キスしてと誘ってきたとも言ってました。誘いに乗ったんなら同罪と、もっと腹が立ちました。

わたしよりもAさんがよかったんだ・・その時の心に穴の開いた感覚は忘れることができません。すぐに生まれて初めて殺意というものを感じ、絶対に夫とAさんを許すことなんてできないと思いました。

 

平凡なしあわせ

私の名前は信子、34才です。離婚前はパート勤めしながら家事と育児に追われる普通の主婦でした。

子供は小学4年の長男、小学3年生の長女で、今は3人暮らしです。別れた夫は5才年上のサラリーマンでした。

 

夫は普段から優しい人で誰に対しても気さくな性格で友達も多い人でした。育児にも積極的に参加してくれるタイプで、休日は自らお弁当を作って家族で遊びに行ったり、近所のママ友たちを誘って家族ぐるみでキャンプをしたりと、申し分のない主人でありパパでした。

結婚6年目の春、子供を私学の幼稚園に入れたのと同時に、私はパート勤めを始めました。すぐにAさんという友達もできました。Aさんとは偶然家が近く、子供の幼稚園も同じで、あちらの息子さんはうちの息子と同い年、Aさんと私の年齢も同年代というで、話も合うことが多くとても仲良くなりました。Aさんのご主人は仕事柄出張が多く、家も徒歩10分ほどなので休みの前夜はAさんと彼女の子供を我が家に招いて晩御飯を食べたりお酒を呑んだりして、私の夫を交えながら幼稚園の話や子供の話をしたり楽しんでました。Aさん家族は大体22時過ぎあたりに帰宅するのですが、夜道は危ないからという事で夫が途中まで見送りに行ってました。あとで聞いた話ですが、夫はこの時すでにAさんに好意を抱いていたそうです

ある日のこと、夫が仕事中に大けがをしたと夫の会社から私の職場に連絡が入り、子供のお迎えを私の実家に頼み、慌てて病院に行きました。

夫は足に大けがをし手術、リハビリ込みで全治6か月とのこと。幸い命に別状はなくホッと胸をなでおろして職場に戻ると、なんとAさんも仕事中に交通事故に巻き込まれたと連絡が入りました。

Aさんは実家も遠く、ご主人も出張中。幼稚園と私の実家の両親に事情を話し、Aさんの子供さんもうちで預かることに。子供たちのお迎えはひとまず両親に託し、私は職場の上司とAさんの運ばれた病院へ。

病室に着くと、顔が腫れあがったAさんがベッドに寝ていました。Aさんも命の危険はないとのこと。しかし血の跡も痛々しく、そんな状態の中で子供のことや出張中のご主人のことを気にしてるAさんに涙が出ました。

Aさんの子供さんは、Aさんのご両親が来るまでうちで預かることにしました。そして、うちの主人も今日事故して・・と、話をすると、うちの夫のいる病院に転院したいと言い出し、私もその方がついでにAさんの洗濯をしてあげたりできるので都合が良いと思い、翌日に病院から転院の手続きの書類をもらい転院の準備をしました。

数日後、Aさんは私の夫の入院する病院に転院、階は違いましたが、どちらも個室で、わたしは仕事が終わってから夫とAさんに足りないものを買ったり洗濯を届けたり、休みの日はお弁当を作って病院に行き、Aさんを車椅子に乗せ夫の病室に連れていき、そこでAさんの子供もみんなでご飯を食べました。

仕事をしながら大変でしたが、入院期間が長い分、みんながそれで少しでも楽しくいられるなら、うちの子供たちやAさんの子供さんが少しでも寂しくないならと思い、自分にできることを探しては頑張ってました。しかし、まさか夫とAさんがその時すでに浮気関係にあったとは思いもよらなかったのです。

この続きは次回にいたします。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。